
ある大学の大学院で、1年間だけ研究生をしていた。21世紀にもなっての話だ。
そこでは多くのことを当然学んで、印象深いものも多い。
中でもよく思い起こすのが、人対人のコミュニケーションエラーの話。
わかりやすく言えば、「対面」が一番エラーが少なく、「電話」が次に少なく、「手紙・メール・FAX等のテキストのやり取り」が一番エラーが多い、という話。
従って「事の初め」は何であれ「テキストのやり取り」で事を進めるのは御法度で、最低でも電話で、という話だった。
「何を当たりまえのことを・・・」と思って、若造の時は流れた。
誤解無き様、以下の出来事はうちのスタジオでは無いことを明言しておく。
記憶の始まりは、大企業で、隣の席で仕事する人間にメールしてくる輩がぽつぽつ出てきた、ということが騒がれだし社会問題化してきた。「話しかけろよ。隣にいるんだから」という話だ。
それから、あれよあれよと日本中社内LANが整備、社内メールは当然、管理職が溜め込む電子決済、そして社内チャットも登場。
そして待ちに待った電話否定論の登場だ。
「電話テロ」という言葉が生まれた。いきなり電話をかけてこられるのは「テロ行為」だという意味だ。「オジサンってすぐ電話かけてくるよね」「電話をかけてくるのは、相手の時間を勝手に奪う犯罪だ」など、様々な角度での電話否定論が登場する。無論、若手の対人の苦手さも後押しする。
S⚪︎NYさん(一応伏字)などはやはり流石だ。新しい案件や提案、問題の相談等は必ず、うちの様な小さなスタジオでもお若い社員の方でもお電話を頂く。とても教育が行き届いているな、と感じる。
事務レベルのものは従来通りメールだが。
その一方、社内チャットの発達で、膨大な誤解が日々生みだされ、説明のために膨大な説明文を書き、膨大な質問文を書き、という仕事のスタイルが生まれて久しい。コミュニケーションエラーの火消しに時間と神経を費やす。
加えて個人差も問題に上がる。人によっては流し読みや雑に書き、人によっては一文一文校正しながら書くという個人差。
更に、お互い新しい案件が理解できてないから、チャットの質問と回答がズレる問題も当たり前になっているのでは。
⚪︎⚪︎という人がいるとしよう。社員の名前だ。
私の友人とその仲間は「⚪︎⚪︎案件」という隠語を社内で創造し、「⚪︎⚪︎案件キタ〜〜」とチャットで言い合っている。
とにかく、⚪︎⚪︎さんの案件依頼チャットには、何が書いてあるかわからず、チャットで質問したらしたで、またわからない回答が来る。従ってやり取りで1日を棒にふるというのだ。
おそらくは「自分がわかるから人もわかる」という「独りよがりな説明」を書いて、部下に回しているのか、と想像する。
結果、何が起きているかというと、直接電話して会話して終結させるという方法だ。
オジサンが電話するのは「問題提起→質疑応答の即時性・正確性→問題解決」というプロセスの圧倒的な速さ、エラーの少なさがあり、お互いの時間と労力の圧倒的節約になるから、の一点に尽きる。
要するにオジサンは色々と縛られ、純粋に時間がない動物なのだ。
また、失敗や遅延の原因が「コミュケーションエラー」ともなると、リーダー格が何をやっている、ということで罰則の対象No.1なのだ。
「〜で間違いない?」とオジサンから耳にすると思うが、そこにはそれなりの責任・重圧があるからだ。
分かりやすく一例を挙げる。
放送局で「AD」が「仕事が楽しい」という時代が来た。当然、耳を疑い目を疑い自分の脳を疑った。
ひと昔までは、ADといえば、地獄の仕事で24時間パワハラ、残業の概念は無く無限に働き、「精神鍛錬」の様な仕事だった。「これを乗り切ると、番組制作に携われる」という一心が彼等を支えた。
時代は早く流れた。
ADを急がせるとパワハラ、ADその他若手を早く退社させないと、パワハラ&労基法抵触。
結局、泣きながら24時間働きADをのりこえ、D、Pにようやくなったオジサンたちが遅くまで残業する羽目になっている。
加えて、「いるだけでパワハラ」「老害」と言われるオジサンたちは、時代と共に一転して攻撃される側になり、口を閉ざし仕事をする以外、選択肢は消滅した。
話は戻って、キャッチボールが全然できていないチャットに、イライラする若手女性を脇目にオジサンが怯え、若手女性から「もう聞いてくださいよ。この案件ですね!〜で〜なのに、指示が〜で、〜〜〜(略)」。
うーん。もはやこの構造、誰がどう得しているのか。
「仕事効率化」を謳っての「社内チャット」であるものが、個人はおろか周囲の時間や神経を奪い出す例も散見しだした。
そこで、そろそろどうだろう。
一旦落ち着いて立ち返り、「社会的利益」を再追求してみては。
エラーが少ない対面・電話。エラーが増加してもメリットのあるメール(事蹟が残るという本来の「文書」の特性等)。トレーニングを受けた者同士のチャット(仕事の隙間に返信できるという、本来の目的「仕事効率化に立ち返る」)。
これらの長所短所を教育し、すべての媒体で再教育を行い、「社会的利益」を再追求してみてはどうだろう。
本当に何からでもいいし、どんな事でもいいから、お国や大企業が腰を上げて対策に乗り出してみてはいかがだろう。
労働基準法ばりの労務デジタルプラットフォーム使用基準法の、罰則のある立法。企業にはITサービス使用ドクトリンの提出義務化等々。
するとどうだろう。個人のスキルに任せっぱなしのデジタル原始時代から、ようやく「教育」のフェーズに移行するのではないだろうか。
とにかくインフラが整ったのなら、次は、手段は何であれ「教育」のフェーズに移行させなければならない。
デジタル化、大いに結構。しかしデジタル原始時代は抜け出し、皆がなんらかの利益を享受する世界。
時間節約、ヒューマンエラー防止、その他諸々。それがビジネスのデジタル化の原点だったはずである。
デジタル教育を十分に受けた者、あるいは自己学習で高めスキルを理解した者で創る「新・コミュニケーション時代」「新・心豊かな時代」に、そろそろ進もうではないか。